大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和46年(オ)503号 判決

上告人

三上正一

上告人

畠山助作

右両名訴訟代理人弁護士

竹原五郎三

被上告人

小林ツヨ

被上告人

神居石油株式会社

右代表者代表取締役

島田定光

右両名訴訟代理人弁護士

廣谷陸男

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人竹原五郎三の上告理由について。

一原審の確定した事実及び原審の判断

(一)  原審の確定した事実によれば、

(イ)  上告人らは、共同して、昭和三九年四月一〇日、訴外小林ツゲに対し、同人の夫訴外小林勇作を連帯債務者として、三五〇万円を貸し渡すとともに、右両名との間に従来からの貸金を合わせ貸金元本四八五万円、弁済期日同年五月一〇日、利息月一分とする準消費貸借契約を締結し、そのころ右債権を担保するため、ツゲとの間に同人らが弁済期日に右債務の履行を遅滞したときは代物弁済としてツゲ所有の本件建物(原判決の引用する第一審判決添付目録記載の建物)の所有権が上告人らに移転する旨の停止条件付代物弁済契約を締結し、同年四月一四日右代物弁済契約を原因とする停止条件付所有権移転の仮登記を経由した。しかし、上告人らは、勇作と友人関係にあつた等のことから、右のとおり停止条件付代物弁済契約を締結したものの、期限到来後も直ちに本件建物の所有権取得を主張せずに、本件建物の処分代金から弁済を受けてもよいと考え、翌四〇年二月九日ごろ勇作に対し本件建物売却の委任状を交付した。なお、右代物弁済契約締結当時における本件建物の価額は約八五〇万円であつた。

(ロ)  被上告人小林ツヨは、ツゲに対して三〇万円の金銭債権を有する一般債権者であつて、本件建物につき強制競売の申立をし、競売開始決定を得、昭和四二年二月二三日競売申立の登記がされ、また、被上告人神居石油株式会社は、昭和三九年二月二八日ツゲ、勇作に対し、同人らを連帯債務者として四〇万二八九九円を貸し渡し、その担保としてツゲから本件建物につき抵当権の設定を受け、昭和四二年一一月四日抵当権設定登記を経由した。

というのであり、右事実認定は、原判決の挙示する証拠に照らし是認することができる。

(二)  上告人らの本訴請求は、上告人らが前記停止条件付代物弁済契約における条件の成就によつて本件建物の所有権を取得したことに基づき、右建物の仮登記の本登記手続を得るにつき、右仮登記に劣後する上記各登記を有し、登記上の利害関係人である被上告人らに対して不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項の承諾を求めるものであるところ、原審は、右事実に基づき、上告人らとツゲとの間の本件建物についての停止条件付代物弁済契約は、契約締結時における本件建物の価額と弁済期日までの元利金額とが合理的均衡を欠いており、かつ、上告人ら自身弁済期日経過後も条件成就による所有権取得を主張せず、本件建物の売却代金による弁済を了承していた点等に徴すると、ツゲが弁済期日に債務の履行を遅滞したときは、上告人らにおいて、本件建物を換価処分し、これによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、残額は清算金としてこれをツゲに返還する趣旨の債権担保契約であると解すべきであり、上告人らが、本件仮登記の本登記手続をするため、不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項に基づき、登記上利害関係を有し、かつ、本件建物からその有する債権について優先弁済を受ける地位にある被上告人ら(もつとも、被上告人ツヨは抵当権その他の優先弁済権を有するものではないが、既に競売開始決定を得て本件建物から債権の弁済を受ける地位を取得している者であるから、これを優先弁済権者と同様に取り扱うのが、相当である。)に対して承諾を求めるには、本来は、被上告人らのツゲに対する債権額と同額の金員を支払うのと引換えにのみこれをすることができるのであるが、本件の場合には、上告人らの本訴提起前既に本件建物につき被上告人ツヨによつて強制競売手続が開始されているのであるから、上告人らは、もはや前記法条の適用を主張すること、即ち、被上告人らに対し前記承諾を求めることは、同人らの有する債権相当額の金員の支払と引換えであつても許されず、既に開始されている競売手続に参加してのみ自己の債権の優先弁済をはかりうるにとどまるものというべきである(最高裁昭和四二年(オ)第五五七号同四五年三月二六日第一小法廷判決・民集二四巻三号二〇九頁参照)として、上告人らの本訴請求を排斥しているのである。

二金銭債権担保目的の代物弁済予約等の性質

債権者が、金銭債権の満足を確保するため、債務者との間にその所有の不動産につき、代物弁済の予約、停止条件付代物弁済契約又は売買予約により、債務の不履行があつたときは債権者において右不動産の所有権を取得して自己の債権の満足をはかることができる旨を約し、かつ、停止条件付所有権移転又は所有権移転請求権保全の仮登記をするという法手段がとられる場合においては、かかる契約(以下仮登記担保契約という。)を締結する趣旨は、債権者が目的不動産の所有権を取得すること自体にあるのではなく、当該不動産の有する金銭的価値に着目し、その価値の実現によつて自己の債権の排他的満足を得ることにあり、目的不動産の所有権の取得は、かかる金銭的価値の実現の手段にすぎないと考えられる。したがつて、このような仮登記担保契約に基づく法律関係(以下仮登記担保関係という。)の性質及び内容については、右契約締結の趣旨に照らして当事者の意思を合理的に解釈し、かつ、関連法律制度全般との調和を考慮しながらこれを決定しなければならない。

この見地に立つて考えると、仮登記担保関係における権利(以下仮登記担保権という。)の内容は、当事者が別段の意思を表示し、かつ、それが諸般の事情に照らして合理的と認められる特別の場合を除いては、仮登記担保契約のとる形式のいかんを問わず、債務者に履行遅滞があつた場合に権利者が予約完結の意思を表示し、又は停止条件が成就したときは、権利者において目的不動産を処分する権能を取得し、これに基づいて、当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめること(特段の事情のないかぎり、この方法が原則的な形態であると解される。)又は相当の価格で第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等(以下換価金という。)から自己の債権の弁済を得ることにあると解するのが、相当である。

三仮登記担保の実行

仮登記担保権の内容は前述のようなものであるから、仮登記担保権者は、債務者が債務を履行しなかつたときは、これにより取得した目的不動産の処分権の行使による換価手続の一環として、債務者に対して仮登記の本登記手続及び右不動産の引渡を求め、更に、第三者がこれを占有している場合には、その者が不法占有者であるときは直ちに、また賃借人であるときでも、その賃借権が仮登記担保権者において本登記を経由すればこれに対抗することができなくなるものであるかぎり、本登記を条件として、その第三者に対し右不動産の明渡を求めることができると解すべきである。他方、右不動産の換価額が債権者の債権額(換価に要した相当費用額を含む。)を超えるときは、仮登記担保権者は、右超過額を保有すべきいわれはないから、これを清算金として債務者に交付すべきであり、その清算金の支払時期は、換価処分の時、即ち、(イ)適正評価額による所有権取得の方法によるいわゆる帰属清算の場合には、仮登記担保権者が目的不動産の評価清算によりその所有権を自己に帰属させる時(この場合債務者は、清算金の支払があるまで本登記手続義務の履行を拒みうるものと解すべきである。)、(ロ)第三者に対する売却等によるいわゆる処分清算の場合には、その処分の時であると解するのが、相当である。そして、清算金の支払時期である右換価処分の時に仮登記担保権者の債権は満足を得たこととなり、これに伴つて仮登記担保関係も消滅するものというべく、その反面、債務者は、右時期までは債務の全額(換価に要した相当費用額を含む。)を弁済して仮登記担保権を消滅させ、その目的不動産の完全な所有権を回復することができるが、右の弁済をしないまま債権者が換価処分をしたときは、確定的に自己の所有権を失い、その後は仮登記担保権者に対して前述の清算金債権を有するのみとなるものと解すべきである。

四後順位の差押債権者、抵当権者らに対する清算金支払義務の存否

右に述べたように、仮登記担保権者は、目的不動産の換価処分により差額を生じたときはこれを清算すべきものであるが、仮登記担保権者がかような清算金の支払義務を負うのは、債務者又は仮登記後に目的不動産の所有権を取得してその登記を経由した第三者に対してのみであつて、仮登記後に目的不動産を差し押えた債権者や、これにつき抵当権の設定を受けた第三者等は、仮登記担保権者と直接の清算上の権利義務の関係に立つものではない。仮登記担保権者による権利の実行には、実質上担保権の実行として、あたかも抵当権に基づく不動産の競売に類似する点があるとしても、その故をもつて、これらの権利者が、競売手続における競売代金の配当のように、一定の優先順位に従つて自己の債権の満足に充てられる金額につき、自己に給付せらるべき清算金として、仮登記担保権者に直接その支払を請求しうるものとすることはできない。けだし、目的不動産の価値が競売以外の事由によつて金銭債権に変じても、不動産の差押は当然これに効力を及ぼすものではなく、また、不動産上の担保権も物上代位の方法によつてのみこれに追及しうるにすぎないものであるから、これらの権利者が差押又は担保権の効力それ自体として仮登記担保権者に対し直接清算金の交付を請求しうる根拠はなく、また、仮登記担保権者は、その義務の履行として清算金を債務者(又は第三取得者)に支払えばなんら利得するところがないこととなるので、仮登記担保権者と後順位差押権者らとの間に不当利得に類似する関係が成立するものとは考えられないからである。のみならず、右のような直接の清算上の権利義務の関係を認めるときは、本来非訟手続である競売手続においてのみ適切になしうる多数債権者相互間及びこれらの債権者と債務者との間の錯綜した権利関係の処理を、その処理に適しない訴訟手続による仮登記担保権の実行手続において要求することとなり、種々の不都合な結果を生ずるのをまぬがれない。例えば、競売手続においては、多数債権者のそれぞれの取分に関する紛争は配当表(又は計算表)に対する異議及びその後における配当異議訴訟によつて処理され、右紛争と関係のない部分についてはそのまま手続が進行し、清算が結了するという仕組がとられているのに対して、仮登記担保権者による本登記手続及びその承諾請求訴訟においては、後順位債権者らの取分に関する紛争は、紛争当事者間の争訟としてではなく、債務者及び後順位債権者らからの原告たる仮登記担保権者に対する重複する引換給付の抗弁としてあらわれ、それらの争点については必ずしも矛盾しない解決が保障されないばかりか、本来この紛争に関係のない原告が、その渦中に巻き込まれ、無用の負担と危険を負わされることとならざるをえないし、また、競売手続においては、いつたん配当額が確定すれば、これらの関係者間では後日紛争が再燃することは殆んどないが、本登記手続請求等の訴訟では、原告と各被告との間においてそれぞれ清算金額が確定していても、それらは被告ら相互間においては効力をもたないから、後日これらの者の間で重ねて紛争が生ずることを防止することができないのである。他方、右のように後順位の差押債権者や抵当権者らに対して仮登記担保権者に対する直接の清算金請求権を認めなくても、これらの権利者は、その債務名義又は物上代位権によつて、債務者が仮登記担保権者に対して有する清算金債権を差し押え、取立命令等を得て債権の満足を得ることができるのであるから、特に大きな不利益を受けることもない。しかも、いわゆる帰属清算の場合においては、清算金の支払と仮登記の本登記手続とが同時履行の関係に立つこと前述のとおりであり、この場合、後順位の差押債権者や抵当権者らは、仮登記担保権者からの本登記の承諾請求に対し、その承諾義務が本来登記義務の履行されるべきことを前提とする性質のものであることにかんがみ、自己独自の抗弁として、債務者(又は第三取得者)に対する清算金の支払との引換給付の主張をすることができるものと解されるから、清算金の支払確保のために特段の手数を要することもない。右に述べたところと牴触する当裁判所の従前の判例は、その限度でこれを改める。

以上のように仮登記担保関係を理解するとすれば、本件停止条件付代物弁済契約は上告人らのツゲらに対する債権を担保するために締結されたものであること前記のとおりであるから、その契約に基づく法律関係について原判決が示した判断は、前記説示に沿う範囲において正当であり、また、その認定判断に誤りはないから、論旨は採用することができない。

五競売手続と仮登記担保権の実行

原判決は、本件においては上告人らの本訴提起前に既に本件建物につき被上告人ツヨによつて強制競売手続が開始されており、かかる場合においては、上告人らは、右競売手続に参加し、その手続内においてのみその債権の優先弁済をはかりうべく、右手続を排除して自己の処分権の行使によつて債権の満足をはかることは許されず、したがつて、そのためにする被上告人らに対する不動産登記法一〇五条一項、一四六条一項に基づく本件建物仮登記の本登記の承諾請求も許されないと判示して、上告人らの本訴請求を排斥している。そこで、右見解の当否を検討することとする。

(一)  原判決は、仮登記担保権者が目的不動産の競売手続に参加して自己の債権の優先弁済を受けることができることを前提としているので、まずこの点から考えてみると、

前述のように、仮登記担保権は、その権利者が目的不動産を換価し、その換価金をもつて自己の債権の満足をはかることを目的とし、その換価の方法として目的不動産を正規の競売手続によらないで処分する権利を設定し、かつ、仮登記によつてこれを保全しようとするものであつて、右処分権の取得は目的不動産の簡易迅速な換価手段としての意義を有するにすぎないから、抵当権など民法上の法定担保権のように、その権利自体としてはこれに基づいて目的不動産の競売を申し立てることができないものであるとしても、第三者の申立によつて当該不動産につき競売による換価手続が開始されている場合には、手続上可能なかぎり、仮登記担保権者において、みずから右不動産の換価処分を実施することに代えて、右の競売による換価手続に参加し、その手続内において換価金から自己の債権の満足をはかることもできるものと解するのが、相当である。けだし、仮登記担保権者に右のような参加を認めても、後述のように、実質上右権利者に対してその本来有する以上の利益を与えるわけではなく、また、競売手続におけるその他の利害関係人に格別の不利益を課することとなるものでもないのみならず、もし仮登記担保権者にそのような参加を認めないとすれば、仮登記担保権者は、その権利を実行するためにはその妨げとなる競売手続の排除を求めざるをえず、競売手続が仮登記担保権者に登記上劣後する抵当権者らの申立にかかる場合や強制競売申立の登記が仮登記におくれている場合には、折角開始された競売手続が仮登記担保権の実行によつて覆滅され、更には、競落が確定したのちにおいても競落人の取得した所有権が追奪されることとなる等、競売手続の安定を著しく阻害する結果を生ずることをまぬがれないのであつて、ひとしく不動産の換価手続である仮登記担保権の実行手続と競売手続との関係を合理的に調整するゆえんではなく、実際上当を得たものということができないからである。

右のように、仮登記担保権者に競売手続への参加を認めるべきものとした場合、登記簿上からはその権利が仮登記担保権であること及びその被担保債権の存在と金額とが明らかでないから、登記された民法上の担保権のように、競売裁判所が職権でこれを斟酌し、競落に伴うこれらの権利の消除の前提として競売代金の一部を当然にその被担保債権の弁済に充てなければならないとすることはできないけれども、民訴法六四八条四号又は競売法二七条四項四号により不動産上の権利者としてその債権(権利)を証明して届け出た者は、競売手続に参加し、競売代金の配当にあずかることもできるのであるから、仮登記担保権者は、民訴法又は競売法の右規定により、自己の権利が仮登記担保権であること及び被担保債権とその金額を明らかにして競売裁判所に届け出て、競売代金から自己の債権の弁済を受けることを求めることができ、この場合の競売代金の配当における優先順位は、他の担保権との関係においては専ら登記の順位によつて決すべきものと解するのが、相当である。もつともこのように解するときは、仮登記担保権者は仮登記のままでその優先順位を主張しうることとなるが、それは、右権利者が仮登記のままの状態においても、その権利の実行として換価処分の権能を行使し、その一環として所有権の本登記をすることによつて債権の排他的満足を得る法的地位を取得していることによるものであつて、仮登記の段階で、その本登記がされた場合と同様の権利主張、即ち所有権の取得そのものについての対抗力を認めるわけではないから、単なる登記の順位保全の効力を有するにすぎない仮登記に対して本登記を経由した場合と同様の効力を与えるものであるというにはあたらないのみならず、これにより自己の権利に影響を受ける後順位抵当権者らは、もともと仮登記の本登記手続による仮登記担保権の実行そのものを容認し、ひいて自己の登記の抹消を甘受せざるをえない地位にあるのであるから、仮登記担保権者に右のごとき権利主張を許しても、これによつてなんら格別の不利益を被るものではないのである。

(二)  そこで進んで、仮登記担保権者が右のように不動産競売手続に参加してその被担保債権の優先弁済を受けることができるとした場合、仮登記担保権者は、目的不動産につき競売手続が行われるかぎり、たとえそれが登記上自己の権利に劣後する差押又は抵当権に基づくものであつても、常に右手続に参加し、その中においてのみ自己の債権の満足をはからなければならないものと解すべきかどうかを考えてみると、

仮登記担保権者が右の競売手続の開始に先立つて既にその権利の実行に着手し、そのための強制的手段として本登記手続又はその承諾請求訴訟を提起している場合には、あたかも租税滞納処分が競売手続に先行している場合と同様に、後の競売手続の開始によつて先着手にかかる自己固有の権利実行手続を放棄させられるいわれはないから、そのまま従前の手続を追行し、これと牴触する競売手続の排除を求めることができるものと解すべきである。しかしながら、これと反対に、競売手続が先行している場合には、仮登記担保権者に前記のような右手続への参加による債権満足の道が存し、これによつて目的を達することができる以上、仮登記担保権者としては、原則としてこれによるべきであつて、自己の仮登記が登記上先順位であることを奇貨として、自己固有の権利実行手続に固執し、ひいて既存の競売手続を無に帰せしめて関係者に無用な損害を被らしめることは、仮登記担保権の行使としての正当な法的利益を有するものということはできない。それ故、仮登記担保権者は、この場合には、原則として先行の競売手続の排除を求めることができず、ただ、換価後の清算を必要としない場合、自己の責に帰することのできない事由により右手続内において債権の弁済を受ける機会を失つた場合、競売手続が長期にわたつて停止し迅速な債権満足を得る見込みがない場合等、特に自己固有の権利の実行について正当な法的利益を有する場合にのみこれが許されるものと解するのが、相当である。

六結論

右五で述べたところによつて本件をみると、本件記録によれば、上告人らは、本件建物につき仮登記担保権の実行として別にその所有者ツゲに対し右建物の仮登記の本登記手続請求訴訟を提起し、上告人ら勝訴の判決が確定しているところ、もし、右訴訟提起の時が被上告人ツヨによる本件建物の強制競売手続開始の時より前であれば、既にこの点において上告人らの本訴請求が認容される可能性があるが、原審の確定した事実によつてはその前後関係が明らかでなく、原判決はこの点において審理不尽の違法があるというべきである。のみならず、本件が、右五の(二)の末段において述べたような仮登記担保権者が特に自己固有の権利の実行について正当な法的利益を有する場合であるならば、上告人らの本訴請求は認容される可能性があるというべきであるところ、上告人らはなんらこの点につき主張、立証をしていないが、これは原審が釈明権の行使を怠つたことによるものと考えられるから、原判決にはこの点においても審理不尽の違法があることをまぬがれない。それ故、原判決を破棄し、更に以上の点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが、相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官大隅健一郎の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官大隅健一郎の補足意見は、次のとおりである。

昭和四五年三月二六日及び同年八月二〇日の最高裁判所第一小法廷判決(民集二四巻三号二〇九頁、同号九一三二〇頁)は、貸金債権担保のため、債務者との間にその所有の不動産につき売買予約又は代物弁済予約の形式をとる契約を締結し、これを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由した債権者が、担保目的実現の手段として目的不動産につき本登記をするため、登記上利害関係を有する第三者に対しその承諾を訴求する場合において、第三者が抵当権者その他自己の債権につき目的不動産から優先弁済を受けうる地位を有する者(目的不動産につき仮差押をした債権者もこれに準ずる。)であるときは、右第三者は、目的不動産の価額から債権者の有する債権額を差し引いた残額の支払と引換えにのみ本登記の承諾義務を履行すべき旨を主張することができるものと解すべきである、という趣旨の判示をしている。私は、当時、これらの判決に関与した者の一人であるが、右の考え方には疑問があるのをまぬがれないので、いまはこれを改めて、上述の債権者のごとき「仮登記担保権者は、目的不動産の換価処分により差額を生じたときはこれを清算すべきものであるが、仮登記担保権者がかような清算金の支払義務を負うのは、債務者又は仮登記後に目的不動産の所有権を取得してその登記を経由した第三者に対してのみであつて、仮登記後に目的不動産を差し押えた債権者や、これにつき抵当権の設定を受けた第三者等は、仮登記担保権者と直接の清算上の権利義務の関係に立つものではな」く、「競売手続における競売代金の配当のように、一定の優先順位に従つて自己の債権の満足に充てられる金額につき、自己に給付せられるべき清算金として、仮登記担保権者に直接その支払を請求しうるもの」ではなく、したがつて、その支払と引換えにのみ本登記の承諾義務を履行すべき旨を主張しうるものと解することはできない、とする本判決の考え方に従うこととする。その理由は、本判決自体において詳しく述べているとおりである。

(村上朝一 関根小郷 藤林益三 岡原昌男 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊)(大隅健一郎は退官につき、小川信雄は海外出張につき、いずれも署名押印することができない)

〈原審判決・理由抄〉

(札幌高裁昭和四四年(ネ)第三一〇号、所有権移転登記抹消登記手続等請求控訴事件、同四六年三月一五日第四部判決・取消、原審旭川地裁(昭四四・一一・一二言渡))

五 以上の一ないし四記載の事実をもとに考察するのに、まず訴外小林ツゲと被控訴人ら間の本件建物についての停止条件付代物弁済契約は、契約締結時における右建物の価格と、弁済期日までの元利金額とが合理的均衡を欠いており、かつ、被控訴人ら自身弁期日経過後も条件成就による所有権取得を主張せず右建物の売却処分代金による弁済を了承していた点等に徴すると、同訴外人が弁済期日に債務の弁済をしないときは、被控訴人らにおいて右建物を換価処分し、これによつてえた金員から債権の優先弁済を受け、残額は清算金としてこれを同訴外人に返還する趣旨の債権担保契約であると解する。そして被控訴人らが本件仮登記に基づく本登記手続をなすべく、不動産登記法第一〇五条に基づき、登記上利害の関係を有し、かつ、本件建物からその有する債権について優先弁済を受ける地位を持つ控訴人ら(もつとも、控訴人小林は抵当権その他の優先弁済権を有する者ではないが、既に競売開始決定をえて本件建物から債権の弁済を受ける地位を取得している者であるから、これを本来の優先弁済権者と同様に取り扱うのが相当である)に対して承諾を求めるには、本来は控訴人らの訴外小林ツゲに対する債権額と同額の金員を支払うのと引換えに、その承諾を求めることができるのであるが、本件の場合には、被控訴人らの本訴提起前(このことは記録上明らかである)既に本件建物につき控訴人小林によつて強制競売手続が開始されているのであるから、被控訴人らは、も早前記法条の適用を主張すること、すなわち控訴人らに対し、同人らの有する債権相当額の支払いと引換えであつても前記承諾を求めることは許されず、既に開始されている右競売手続に参加してのみ自己の債権の優先弁済をはかりうるにとどまるといわねばならない(最高裁判所昭和四五年三月二六日判決、民集二四巻三号二〇九ページ参照)。〈以下略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例